2005年04月23日

「項羽と劉邦」司馬遼太郎



「項羽と劉邦」
項羽と劉邦。一個人としての人格的資質、生い立ちが全く異なる二人を通じて、中国という巨大な大陸の統一までの過程を物語としている。(楚漢の五年にもわたる戦いで中国の人口の半分が戦死したという。)
天才的烈情軍神項羽、底知れぬ虚人の劉邦。両方に通じるのはある種の無邪気さである。では二人の本質的違いは何か。劉備の底知れぬ虚は才人を引き寄せる磁場として結果的に機能した。乱世の才覚を宿した項羽はその才故に才ある人材を登用する機会を逸した。劉備の無礼も自己に欠けた能力の登用意見には真摯に、そして謙虚に受容する。受け入れられるから人は物申す。自分が配下にいる意味を感じる。どの時代であれ自己表現の場を見い出す可能性の高い環境に身を置くのは普遍の心理であり、真理である。

着眼点
 
「大事を成すには独りでは出来ない」という事をメッセージとして受け取れる。人の上に立つものの魅力、人心掌握の魅力とその運用の妙は何かということを考えさせられる。新たに登用される人、古くから仕えている人、様々な角度で局面打開を学べる良著である。

読後の収穫

卒は将の威をまとう
 これは会社の看板を背負う、とも言えるまたブランドともいえる。トップまたは上司の気質や実力はライン部隊の背中を後押しする力にもなり、逆もまたしかり。

才は活き場を求む
 才能は表現を求めてやまない。才能とは究極の個の現れなのだろう。個性をどう活かすかは個人にしても組織にしても永遠の課題なのだろう

今日生きれば明日も生きねばならない
 項羽は、戦そのものは鬼神の如く強い。しかし軍を支える人の食料、兵糧の補給を軽視
した。そのため飢えで兵は衰弱する。ひどく現実的なものだが、今日を乗り切る大変さの先には、明日を生き残る苦労がまっている。

後記
何度も読んだ小説です。これからも読むでしょう。とくに面白いのは、韓信という武将が劉邦と、面談?する場面です。窮地で人を得るとは何か、という面白さを伝えてくれます。また上に仕える人物が変われば、これほど人の才能が開花されるのかという事が伝わってきます。
posted by 商いの道 at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史小説に学ぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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