2005年11月08日

「永遠の仔」  天童荒太

3人の主人公が17年ぶりに再会をする。看護婦の久坂優希、 刑事の有沢梁平、 弁護士の長瀬笙一郎。そこから展開される彼らの現在と、彼らの共通の過去とそれぞれの生立ち。そこに焦点を当て物語は展開されてゆく。また、物語が進むにつれ何故「子」ではなく「仔」なのかが、物語に一層の深みと悲しみを与えている。

主題
「支え」

「誰もが傷つきやすい存在」
自分は、知らずにどこかで人の心を深く傷つけてはいないだろうか?ふと、そんな恐れが過った事はないだろうか?どんな形であれ、人には触れられたくない、否定されたくない内面というものが確実にある。中には、今回のように社会に存在する為には、隠すことでしか自分を保てない程のものもあるかもしれない。大人でさえ時に壊れやすい心を、自我に目覚めたばかりの感受性の激しい子供の心に僕らは何を刻んでいるのだろう。
「親が大人とは限らないってことを、忘れるみたいね。子供のままでも大人になれんだから。」(本書より)
「親は愛を与える力も奪う力も持っている。」(本書より)


「心に添う」
もっとも理解が欲しい相手に理解されない孤独感を、僕らは多かれ少なかれ経験としてもっている。時に、上司や部下、恋人、親...。皆誰もが立場が違う上での自然な感情が、時に打ち砕く程の挫折感を味あわせる。時に、相手の事を思ってという行為でさえ。
理解するとは、相手の心に添うという、単純かつ最も難しい所から、まず始めなくてはいけない。
「人間って、何々しなければ認められないって、そんな軽い存在?」(本書より)
「人はどんなに重くてつらい悩みを打ち明けられても耐えられると思う?」(本書より)
後記
異作である。かつてドラマ化されたこともあり、多くの人が本書を手にし、戦慄な思いをされた事と感じます。本書は、「幼児虐待(心的外傷)」という重いテーマを小説という形を借り、短いニュースでは垣間見ることが出来ない当事者の生の心を、活字として掘り起こし、描写する。それは、読み手にとって辛く、暗鬱な気持ちにさせられる。「何故??」と。その意味では、あまりお勧めできる作品ではない。しかし、マスコミが伝える様に、この種の事件が不幸にも珍しくなくなっている現実に、僕らは存在している。
また、本書は、看護婦の久坂優希を通じて、「老人介護」の現実を知る。
「食べなければ死んでしまう....排泄しなくても死んでしまう...。ただ生きていることすら難しいと感じることが、院内にいれば、あまりにも多い。」(本書より)
本書は、読み手に濃密なコンタクトを働きかける上で、優れた技法や仕掛けが用意された作品です。


posted by 商いの道 at 08:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/9093062

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。